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生まれ変わったのは、自分だった。

”自分がやりたいことに、努力しても決して辿り着くかないことがあります。タイの大学で看護を学んだわたしもそうでした。そのわたしが辿り着いたことは、。”

異音がこだましたのは、わたしの目の前で、ひとりの老人が今まさに息を引き取った時だった。
 
「トッケー、トッケー、トッケー、、、」
 
「トッ、、ケー、トッ、、ッケー」暗闇の中で、かすれながらも続けて聞こえてきた。
 
「おじいちゃんは、生まれ変わって、トッケーになった」と娘がゆっくり話すのをわたしは確かに聞いた。
 
わたしが、看護学生の時の実習での出来事だった。
 
娘の言葉に、親族、友人、そして医療者である看護師が頷いたのを、わたしは見た。
 
先ほどの「トッケー」という音は、その音の通りにトッケーと呼ばれるヤモリのなき声だ。
 
タイの農村部の家には、どこにでもいるありふれた小動物だ。
 
いかつい顔で30センチほどにもなるのだが、性格は大人しく、蚊などの虫を食べるので、現地の人は特に追い払うこともない。
 
5回続けて鳴くと良いことが起こると言われている。
 
「さぁ、葬式で明日から忙しくなるなぁ」息子の声がした。
 
今、さっき親が死んだばかりなのに、わたしにはその声がその場にそぐわない朗らかな声にしか聞こえなかった。
 
周りを見ると、なんと、おじいさんの遺体を真ん中にして、記念撮影まで始めた。
 
おじいさんが、迷彩のズボンを履かせてもらっているのは、元軍人だったからであろう。
 
「お前も、せっかくだから写真に入れよ、なぁ日本人」という言葉に少し、怯んでしまった。
 
しかし、それよりも娘の「生まれ変わって」という言葉を理解できなかったことが頭に残って離れなかった。
 
「エイズの仕事をしたい、タイで直接、治療に関わる看護師に」
 
タイでのエイズ孤児のボランティアを経験した自分は、そんな思いでこのタイの大学の看護学部に入ったのだった。
 
しかし、ある教授からは「お前のような外国人が、わざわざタイでエイズの治療に関わらなくても、タイ人が自分たちでできるよ」と言われた。
 
30歳近い日本人のおっさんが、18から19歳の、しかもほとんどが女性、というより女の子に混じって、慣れないタイ語で授業を受けている外国人は、大学院もあわせれば生徒数は2万人以上もいるこの総合大学では、わたしくらいだ。
 
しかも成績が悪い、高校の時は文系、しかも化学などは3点(もちろん100点満点)を取ったことがあるわたしだ。前述の教授の言葉は、成績が悪いわたしをやめさせたいのだろう。
 
それでも、なんとか卒業をして、わたしはタイで活動するエイズ関係の団体に片っ端から連絡をとり、就活に励んだ。しかし、教授の言葉の通りであった。
 
しかもタイの大学で看護学部を卒業しても、日本の看護師の資格試験は受けることができないのだ。わたしは「タイで看護なんか勉強しなければ、よかった」とばかり思っていた。
 
日本に帰国したわたしができる仕事は、介護のヘルパーしかなかった。そして、興味もない高齢者の介護施設での仕事を選択するしかなかった。
 
「なんで死ぬのに生きるんやろ」
 
ある老人から言われたのは、ある日の夜勤のことだった。
 
昼間はぼんやりとした眼をしており、明確に話すことさえ困難なのに、この日の夜、彼の眼は昼間とは明らかに異なり、わたしを射るような黒目だったので、驚いてしまった。
 
「死ぬのが怖い」と呻くような声が続いた。
 
わたしは、彼に何も言うことができなかった。
 
この後、程なくして、彼の体力は、急激に弱まっていった。
 
彼は、病院で最期を迎えることになり、この介護施設を出ることになった。
 
空になった部屋で、「死が怖い」と話したあの夜のことを思い出した。
 
そんなに辛いものなのか、わたしは胃に鋭い痛みを覚えた。
 
そして、なぜかタイでの「生まれ変わる」という言葉も思い出した。
 
あの時の老人も、こんな苦しい顔をしていただろうか。
 
そして、こんなにどんよりしていたのだろうか。
 
「生まれ変わる」という言葉は、死が終わりでないということだろうか。
 
あの時以降も、タイ人の臨終に接する時に「生まれ変わる」という言葉をよく聞いた。
 
ある時は、飛んできた蝶々、外で鳴く鳥、そして、親族の誰かに生まれる赤ちゃんだったこともあった。
 
彼らは仏教の輪廻転生を信じているのだ。
 
タイも日本と同様、仏教徒が大多数だ。
 
しかし、タイは仏教を国教としており、生活の一部になっていることだ。
 
それは、私たち日本人が持つような宗教観とは明らかに異なる信仰のあり方だ。年齢、職業、学歴そして男女を問わず、仏教の教えを幼い頃から身につくような中で多くのタイ人は育つ。
 
「生まれ変わる」ことは本当かどうかわたしにはわからない。
 
しかし、死の先にあるものを信じることで、彼らは死とうまく付き合っているのだ。ある知り合いのタイ人は「生まれ変わりが本当かどうかなんてわたしもわからない、でも信じる」という。「今は、ネットなどの情報があふれる時代であり、「死」についても多くの情報があり、仏教でいう輪廻転生を疑うこともできる。でも、そのおかげで死について考えることもできるのだ」とも話してくれた。
 
また、タイでは「死」が普段に暮らしの隣にある。
 
タイでは、遺体をお寺で焼く、そして薪で焼くので、たっぷり一晩はかかる。そして、お寺は村や町中にもあるために当然、煙が流れてくる。しかし、それを嫌がるような感じではない。なんというのだろうか、生と死がつながっていると言えば良いのだろうか。
 
今、日本では死について語ることや、死にいく人へのケアが重要になってきている。
 
自分が必要とされているのは、このことなのだ!
 
今になって、わたしに忠告したタイ人の教授の言葉の意味を勝手に考えている。
 
それは、「タイで看護を学んで、そして、日本人のお前らしいことをやれ」という意味ではなかったか。
 
そして、その「視点」を見つけるきっかけになったのは、あの時の「生まれ変わる」という言葉だったのだ。
 
そして、もう一つ言えること、それは「生まれ変わった」のは何者でもない、このわたしだ。


 *この文章は、天狼院書店に投稿したものを写真などを入れて、再編集いたしました。


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